弊社は去る2018年11月15日、東京都内において「人材育成セミナー2018」を開催しました。今年で5回目となる同セミナーは「今、あらためて人材育成をみつめ直し、未来を構想する」をテーマに、人材育成・タレントマネジメントに興味を持たれている企業経営者や、事業部門/経営企画/人材開発/情報システム部門の責任者の方々が参加されました。当日は日本を代表するクリエイティブディレクター・佐々木宏氏の基調講演をはじめ、人材育成の取り組み事例や最新人材育成動向に関する講演が行われました。
最初に登壇したのは、JR東海の「そうだ京都、行こう」キャンペーンやサントリーの「BOSS」、トヨタ自動車の「ReBORN」やSoftBankの「白戸家シリーズ」など、印象に残る広告を手掛けるシンガタ株式会社 クリエイティブディレクターの佐々木宏氏です。
基調講演のテーマは「『かえって、よかった!』の発想法を。~リオ閉会式から、CM四方山話まで。」です。佐々木氏は、「中学校2年生の時に父親を亡くした辛い経験から、『不幸のどん底に陥ると元気を出す』という、あまのじゃく的な発想を持つようになりました」と語ります。その発想は、安倍マリオで注目を集めたリオデジャネイロオリンピック・パラリンピック閉会式の「フラッグハンドオーバーセレモニー(次回の開催都市に五輪旗を手渡す儀式)」でも発揮されました。佐々木氏は、同プロジェクトのクリエイティブ・スーパーバイザーを務めましたが、「遠い」「予算がない」「時間がない」の3重苦だったと当時を振り返ります。
「そうした逆境を逆手に取りました。『トンチとセンス』をきかせて、『粋な街 東京』を印象付けるようにしたのです。予算の都合上、ダンサーを50人しか(日本から)連れて行かれない。ですから、AR(拡張現実)や大きなフレームと組み合わせて、動きのある見せ方をしました」(佐々木氏)
佐々木氏の「逆転の発想」は、社会課題にも向けられています。佐々木氏の"キャッチコピー"にかかれば、日本の少子高齢化も「年寄りというより、『年より若い人』が多い国」になります。「60歳定年」を「60歳低消費ワーク」として、無駄を省き、効率のいい働き方をする「スマートワーク世代」と捉える発想です。
佐々木氏は、「スマートワーク世代は30~40歳の若い世代とコンビで働く。たとえるなら、電気とガソリンの"ハイブリッドエンジン"のようなものです。『若いモンに任せろ。ただし、年より若いモンにも、やらせろ』の発想で、日本の新しい働き方を提案してきたいです」と、その将来を見据えています。
続いて、人材育成に積極的な2社の事例が紹介されました。
最初に登壇したのは、グループ全体で2万人の従業員を擁するTIS株式会社で品質革新本部エンハンスメント革新部長の安永実氏です。同社は、「顧客の期待を超えるサービスを提供し続ける会社」を目指し、「攻めのエンハンスメント」の実現と全社的な浸透に向けて、積極的に取り組んでいます。
安永氏は、「顧客から求められるサービスを提供して期待に応える『守りの保守運用』だけでは不十分です。顧客の期待値を超えた『魅力的品質』で、一歩踏み込んだ新たなサービスを提案する『攻めのエンハンスメント』ができる組織へと会社全体を変革していくのが狙いです」と説明します。
攻めのエンハンスメントの実現と浸透のための取り組みの1つが、「サービスマネージャの育成」です。同社ではサービスマネージャ育成ワーキンググループを立ち上げ、どのような人材の育成を目指しどのような教育を実施すべきかを検討したといいます。しかし、社内外を探しても決定的な研修プログラムは見つかりませんでした。「そんな時に富士通ラーニングメディアと出会ったのです」(安永氏)
同社では富士通ラーニングメディアと共同で、新しい研修を開発しました。それが「サービスマネージャ研修(ファンデーション)」です。同研修は「攻めのエンハンスメント」「魅力的品質」という考え方の注入とマインド醸成を目的にしたものです。1日半の日程で、すでに73名が受講しています。受講者からの人気も高く、安永氏は「今後も継続していきたい研修です」と評価されました。
続いて登壇したのは、東京海上日動システムズ株式会社で常務取締役を務める三宅晃氏です。講演では「社員一人ひとりのやりがい(発意)をベースにした成長支援策」をテーマに、自ら学ぶ姿勢を全面的に支援する取り組み内容を紹介しました。
同社では、以下の5つの軸から数多くの成長支援策を推進しています。
1. キャリア形成を促す制度
2. 豊富な学習ラインナップ
3. 対話による刺激・啓蒙
4. 主体的に学ぶ場づくり
5. 視野を広げる
例えば、「2」の豊富な学習ラインナップについては、年間62種類・のべ260日間の研修を実施しています。
また、8カ月間という長い時間をかけ、新人の導入研修を実施しています。この導入研修で留意していることは、「反転学習」と「個々の成長に合わせた選択制コンテンツの提供」だと三宅氏は説明します。「8カ月の期間中は、受動的に講義を受けるのではなく、自分で学ぶ姿勢を身に付けるようなプログラムにしています。また、個々の成長に合わせ、成長に時間がかかる新人に対しては、寺子屋方式で教えています。一方、成長の早い新人にはハッカソンなどの"場"を設け、実際にシステムを作成し、その成果を競い合うといったことを実施しています」(三宅氏)
導入研修以外にも、異業種他社との合同研修の実施、社員コミュニティによる学びの機会の創出など、社員の発意を大切にする様々な支援策に取り組んでいます。
5つの軸に基づいた取り組みによって、「Great Place to Work」の「働きがいのある会社」ランキングでは、上位20社に10年連続でランクインするなど、国内外の機関から高い評価を得ているそうです。
最新の人材育成動向について講演したのは、株式会社中電シーティーアイの取締役である松田信之氏です。同氏は「学ぶ意欲の醸成による高度IT人材の育成 ――iCDと国際認証制度(CITP)を活用した人材育成の試み――」と題し、日本のIT技術者を取り巻く労働環境の課題点を指摘するとともに、実践的な技術者の育成について解説しました。
冒頭、松田氏は日本のソフトウェア技術者は米国やドイツと比較して学びの意欲が低いことを紹介、その原因はIT業界のアウトソーシング構造からくると、UCバークレー校コール教授と同志社大学中田教授の共同論文をもとに解説しました。特に情報子会社は同じシステムの保守が主な業務であり、新たな提案をする機会が少ない、つまり仕事の達成感や、自らの成長を感じられる機会が少ないと指摘します。
しかし現在デジタルトランスフォーメーションはじめ、情報子会社がバイモ―ダル時代を牽引するチャンスが到来しており、これをものにするためにはIT技術者の「学びの意欲」を向上させることが重要だと指摘します。
松田氏は「学びの意欲」を向上させる施策として、iCDの活用によるスキルスタンダードの改定、体系的な学びの提供(CTIアカデミー)、国際資格「CITP認定制度」の活用を挙げました。
特にCITP(Certified IT Professional)制度は、情報処理学会が2014年に開始したもので、高度な能力を持つ情報技術者を可視化し、その社会的地位の確立を図ることを目的としたものです。
CITP認定制度で特筆すべきは、技術力や能力の向上を目的として行う活動にポイントを付与し、3年間で150ポイント以上を獲得すればCITPのステータスを更新できるという仕組みです。活動は講演会・講習会などの受講やコミュニティ活動参加、執筆活動、特許申請などが含まれます。こうした活動を通じ、自己研鑽と仕事のモチベーションを維持するのが狙いです。
同社では資格取得やポイント取得を支援する制度を作り、現在22名の合格者が社内外で積極的なコミュニティ活動を行っています。
最後に松田氏は、「(日本のIT人材の)最大の課題は、当事者が学ぶ意欲を持てないことです。企業はIT技術者の学ぶ意欲を醸成すべく、人材育成に注力してほしいと考えています」と語り、講演を締めくくりました。
多くの企業にとって人材育成は喫緊の課題です。企業を取り巻く環境変化が激しく、その将来は不確実で複雑かつ曖昧なものになっています。今回のセミナーでは、クリエティブの視点、現場の視点、そしてグローバルの視点から、日本の人材育成をどのように構想していくべきかを考えました。セミナー終了後の懇親会では、400名を超える参加者の皆様が、闊達に情報交換をしていらっしゃる姿が印象的でした。
1954年生まれ。慶應義塾大学卒業後、1977年に電通入社。コピーライター、クリエイティブ・ディレクター、クリエイティブ局長職を経て、2003年7月「シンガタ」を設立。企業や商品のブランディングから広告まで数多くの広告プロジェクトを主導している。JR東海「そうだ 京都、行こう」キャンペーンをはじめ、サントリー「BOSS」のCM、SoftBankのCM全シリーズ、トヨタ自動車「ReBORN」など多くのCMを生み出す。東日本震災後に制作した サントリー「歌のリレー」でのADC賞グランプリほか受賞多数。2016年 リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーにて安倍マリオなどの東京プレゼンテーションでクリエイティブ・スーパーバイザーを務める。2020年 東京オリンピック・パラリンピック4開閉会式典8人のプランニングメンバー。2020年 東京パラリンピック開閉会式のエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターを担当。
TIS株式会社(旧東洋情報システム)入社後、長年ユーザ企業向けのシステム開発に従事。2012年度より社内プロセス改革を行う部門の部門長に就任し、QMSの見直しや業務プロセス改革を実施、ワークスタイル変革プロジェクトや事務集中処理センターの立ち上げも行う。2016年度より保守の生産性・品質向上に着手、エンハンスメント革新専門組織を立ち上げ、「攻めのエンハンスメント」を実現するべく、現場の改善活動支援・標準化・人材育成に取り組んでいる。
1984年東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)に入社し、システム部に配属。以後一貫してIT部門に所属し、会社の商品・事務・システムを三位一体で改革する、「抜本改革プロジェクト」のPMO、ITを活用した新しいビジネスプロセスの企画・立案、デジタル戦略の推進などを担当し、2018年より現職。現在は東京海上日動システムズで経営企画・人事・総務・コンプライアンス等のコーポレート部門を担当、従来から持つ会社の強みをより一層深化させると共に、環境変化に応じて未来に向けて会社を進化させる事で、社員一人ひとりがやりがいを持って活き活きと働く会社を目指している。
1982年中部電力入社、新規事業を含めた様々なITプロジェクトにかかわり、2011年7月から執行役員情報システム部長、2014年7月から中電シーティーアイ取締役人財開発センター長を務める。現在同社取締役としてリソースディビジョンを管掌している。
高度情報処理技術者(ST、PM)、2014年CITP取得、CITPコミュニティ幹事、同『知』の発信部会長。
(2018/11/27)