最近はAIのニュースを耳にしない日がありません。さまざまな分野でAIの活用が始まっていますが、日本は欧米よりも取り組みが遅れていると言われています。原因はいくつかありますが、1つがAI活用人材の不足です。経済産業省ではIoT、ビッグデータ、AIを含む「先端IT人材」が2020年には約4.8万人不足すると予測します。
こういった状況を踏まえ、日本におけるAI活用の現状、AIをビジネスに活用するために必要な組織をどう作れば良いかを、AIのエキスパートをお招きし、AI人材の育成にどう取り組むべきかを明らかにするセミナー『「AI×ビジネス」の実現に向けて ~AIを事業に生かすための組織と人材育成~』を開催しました。
今、AIの中でも最も大きなイノベーションを起こしているのがディープラーニングです。一般社団法人日本ディープラーニング協会 事務局長の岡田隆太朗氏から、日本における産業競争力の向上への取り組みを行っている日本ディープラーニング協会の活動について紹介がありました。
岡田氏は、ディープラーニングの基礎知識を有し適切な活用方針を決め事業に応用する能力を持つ「ジェネラリスト人材」と、ディープラーニングの理論を理解し適切な手法を選択し実装する能力を持つ「エンジニア人材」の2つが必要だと指摘します。
これら人材を増やすために協会では、検定試験を開始し学習体系の構築を行いました(注)。既にジェネラリスト人材のG検定試験が行われ、1回目は1,500人がチャレンジし823人が、2回目は2,000人を超える受験者で1,000人を超える合格者が出ています。これら資格検定は汎用的なディープラーニングのスキルを証明するものであり、そこからさらに業界などに特化したAI活用スキルを持った人材育成へと発展させる必要があると岡田氏は指摘します。
東京大学大学院 情報学環 教授の越塚 登氏からは、日本がAIはもちろんIT全般で出遅れていることへの危機感について指摘がありました。世界を変えるのはテクノロジーなのに、日本のエンジニアは世界を変える意識がないことが問題とのこと。
またAI活用のためには「AIビジネスモデル」が必要であり、それを実践するにはチェンジ・マネジメントで組織を変える体質が企業には必要だと言います。日本の出遅れは簡単には取り戻せませんが、一方で日本の地方にはAIやITを少し導入するだけで課題解決できることがたくさんあるとの指摘もありました。
講演に続き、「AIの産業活用を実現する組織の人材育成計画」をテーマにパネルディスカッションが行われました。
(写真左より)
石井氏:
AI人材の育成にはさまざまな話題があるが、今回のパネルディスカッションでは、1.AIで解決すべき産業における課題は何か、2.AI人材育成の際にどのような人を選びその育成ロードマップをどう描けば良いか、そして3.育成の中でステップアップはどう考えれば良いかの3つのテーマに絞れます。
佐藤氏:
特定の課題があるわけではなくありとあらゆるものの中で「混沌を明らかにしたい」との要求からAI活用が始まっています。そしてディープラーニングの活用は、人の目、つまりは画像認識の領域から始まっています。いち早く画像認識に取り組む企業が出て、ディープラーニングを活用するレシピも公開されています。それを使い製造業などでは、製品の異常検知などに画像認識の適用が数多く始まっているのです。
浅川氏:
ディープラーニングで解決する課題は毎年のように変化しています。変化する課題をうまく捉えないと、全てを先行するシリコンバレーに持って行かれてしまう。そのため、変化を読み取る目利きは重要です。また日本は周回遅れ、あるいは2周遅れであることを前提で考える必要があります。
岡田氏:
ディープラーニングにはインターネットが登場したのと同じくらい大きなインパクトがあります。活用することで小さな変化ではなく、売上が1,000倍になるような大きな変化が起こる。そういった認識を持つことも大事です。
木下:
人材育成に携わる立場から、バズワードに惑わされないようにして欲しい。そのためもあり、富士通ラーニングメディアでは、まずはAIに関する入門コースを作り、AIに対する誤解を解くような取り組みも行っています。
佐藤氏:
また、最新のAI活用事例は大学などの研究機関に集まり、その知見をどう事業化するかで日本は遅れがちです。最新技術の検証などは必ずしも企業が行う必要はありません。むしろAIで課題を解決し、それをどうビジネス化するかに注力して欲しい。協会ではそのために活用事例も集めていますが、守秘義務などでなかなか思うように集まらない現状もあります。積極的に開示してくれるようになれば、情報を共有し日本におけるディープラーニングの活用もさらに進んでいくでしょう。
石井氏:
これらの話からアカデミア領域に新しいAIの知見が集まり、それをビジネスに橋渡しする必要がある。それを可能にするのがG検定に合格するような人材でしょう。ではテーマの2つめでもある、ディープラーニングを活用するための人材は、どのような人を対象にすべきかをパネラーに訊ねます。
岡田氏:
協会としては企業の全ての人にG検定を取得して欲しい。実際、名古屋にある印刷工場では、社員全員がG検定にチャレンジしています。印刷工場の現場担当者などは、必ずしもITスキルは高くはありません。しかしこの取り組みを始めた結果、工場の現場でディープラーニングがこうやれば活用できるのではとの提案が上がってくるようになったそうです。これは、ほんの半年間くらいで生まれた成果です。
浅川氏:
ディープラーニング活用のためには、アカデミアの知識とビジネスの応用が必要であり、そのためには複数の人で情報共有できるようにすべきです。その際、互いに共通言語でしゃべれるようにするためにも早急な人材育成が必要です。
岡田氏:
AI、ディープラーニングに携わっている人たちが孤立している現状があります。G検定の合格者向け交流パーティーには、200人の募集に7.5倍もの応募がありました。それだけ同じディープラーニングに関わっている人たち同士で会話をしたい。ということですね。
ところが上司からの命令でディープラーニングを始めるようなケースでは、アサインされた担当者間でしか会話ができず社内でも孤立してしまうようです。パーティー参加者からも、社内でどうやって自分たちが獲得した知見を共有したらいいのか、その話題が数多く聞かれました。
石井氏:
この状況を、ディープラーニングを活用する前段階であろうと分析します。そのような状況の中で、ディープラーニング人材の裾野を広げるにはどうすれば良いのでしょうか。
木下:
富士通ラーニングメディアではまずは入門コースから入り、ディープラーニングを体感してもらうようにしています。これが昨年くらいまでの状況で、今後は入門レベルと、よりハイレベルの知識獲得へとニーズが二極化するだろうとみています。より高度なレベルの研修希望が増えており、それに合わせ講師レベルも向上させていく必要があります。これは富士通ラーニングメディアだけでは解決できないところもあり、外部の専門家とも連携していきます。そのきっかけの1つとなっているのがG、Eの検定です。
石井氏:
AI活用の人材は、対象を幅広く捉えていく必要があります。そして人材開発のニーズに応じ、適切な情報提供、共有を行い、レベル感にあった研修も用意しなければなりません。
その上で業務現場ではAI人材の育成にどう取り組むべきかを改めて訊ねます。
佐藤氏:
製造業などの現場ではOJTが中心です。大手製造業などではもともと優秀な人材を採用しており、潜在的にAIに取り組める人たちがいます。さらに彼らには第一線でビジネスを学んできた経験もあり、あとはIT知識を少し身につければディープラーニングの活用は迅速に進むでしょう。一方、外部から優秀な人材を採用するのは難しく、企業内で教育するほうが早道でしょう。
石井氏:
私は検定内容にも関わっていますが、E検定にはあえて要件にプログラミングスキルを入れています。これはディープラーニングの活用では、ITスキルのあるなしが成長スピードを大きく左右するからです。そしてITスキルがあり勢いのある人は、ディープラーニングもすぐに使いこなすようになります。
浅川氏:
学生などの場合は少し生意気な感じの人のほうが良いかもしれません。これは駄目だと否定されしゅんとなってしまうのではなく、反発して頑張るような人が良いと言うことです。
佐藤氏:
少し過負荷もないと育たないですね。過負荷状況になると、それを解消するためのアイデアが生まれるからです。またこういった人材育成のアプローチは、体制の整った大企業とベンチャーでは、少し異なるところもあるでしょう。
岡田氏:
私が以前関わっていたAIベンチャーのABEJAでは、学生インターンの間で自然とコミュニティが形成され、そこで学び合う動きがありました。学んで得た知見を共有するという文化が自然と生まれたのです。
石井氏:
これらの話から、情報共有の文化を醸成することもディープラーニング人材の育成では鍵でしょう。
浅川氏:
文化を作っていくとなるとトップダウンではなくボトムアップアプローチのほうがうまくいくはずです。
岡田氏:
これまで、ディープラーニングは経営者や意思決定者こそが理解すべきだと主張してきました。これ自体は変わりませんが、G検定の状況を見ると個人応募の人がかなりいます。つまり会社の中に、自らディープラーニングを学びたいと考えている人が既にいるのです。企業では経営層なりが、是非ともそう言った人材を吸い上げるべきです。
最後に今後のAI人材育成はどうなっていくかの話題になりました。
木下:
今回のセミナーは公開して1週間で満席になり、まさに今がAI、ディープラーニングの時代だと。今こそ皆さんに活用してもらえる研修コースを開発し、AI人材育成に貢献したい。その際は、技術だけでなく実際にビジネスに貢献できる内容でなければならないとも考えています。
佐藤氏:
これまで最も人が育ったのは、普段触れている世界の課題を解決しようとした時だと言います。そのため、たとえばジョイントベンチャー型で企業の外でAIを学ぶような場合も、それをきちんと持ち帰り自社ビジネスに適用するようにする。そういう仕組みを作っていくことも、大事です。
浅川氏:
改めてAI、機械学習の世界の変化が速いです。研究領域では機械学習の自動化の話題が増えており、自動で学習し結果レポートも自動で作ると言ったことが既に実用化されています。どんどん変化するので、来年には今回のようなセミナーも意味をなさないかもしれません。そういうものすごく速い変化の中にいることは、認識しておく必要があります。
岡田氏:
ディープラーニングのプロジェクトでビジネスの課題解決ができたら嬉しいが、今はそれがなかなか進みません。それを解消するために、まずはきっかけ作りの1つで資格制度を作りました。資格を取得することで達成感が得られ、その上で皆さんが共通言語で交流できるようにする。協会の活動をディープラーニング活用の入り口として使ってもらい、資格試験などをモチベーションアップのツールとして大いに利用して欲しい。
(2018/09/06)