コラム
潜入レポート
「越境」する個の時代に向けてー越境時代の人材育成セミナーレポート
人生100年時代の到来、働き方改革、副業の解禁・・・日々多くのメディアで、個人の生き方や働き方の変化を示唆するニュースを目にするようになった。より柔軟な組織運営が求められる現代において、組織はどのように競争力と共創力を高めていくのか。
3月13日に開催したオープンセミナー「越境時代の企業内人材育成を考える」では3名のスピーカーを迎え、「越境」を軸に今後の組織や人材育成の在り方を話し合った。
なぜ今、越境学習が必要なのか
最初に登壇したのは、ナレッジワーカーズインスティテュート株式会社の代表取締役で、一般社団法人企業間フューチャーセンターの代表理事を務める塚本 恭之氏だ。近年は、人材が組織などの枠組みを超える「越境」の経験で得られる学習を支援する、「越境学習プロデューサー」として活動している。
塚本氏が実践的な越境学習に挙げたのが、中小企業やNPO等で個人が持つスキルや知識を活かす「プロボノ」、副業や兼業、ワークショップなどを通した学びだ。中でもプロボノは、時代による潮流がみられるという。
塚本氏:プロボノ1.0では士業が、2.0ではビジネスパーソンがNPOへ越境する動きが盛んでした。昨今のプロボノ3.0では、ビジネスパーソンによる中小・ベンチャー企業や個人事業主といったスモールビジネスへの越境が盛んです。プロボノでは「課題を引き出す質問力」、副業や兼業では「自分の価値をお金で計る力」、ワークショップでは「ファシリテーションスキル」を特に養うことができます。
多様な組織への越境は、個人の学習機会となるだけではない。個人の知識やスキルを様々な企業や団体といった多組織で活かす、「ナレッジ・シェアリング・エコノミー」の形成にもつながるという。
塚本氏:特に中小企業や個人事業主に対するプロボノは、政府も後押ししています。多くの中小企業が抱える事業承継の課題に対しても、プロボノの支援が期待されています。
テクノロジーによりビジネスモデルが変化する中、単一組織での解決が難しい課題や新規事業に対して、時には企業をも横断して取り組む事例が増えている。多様な人材が協同でプロジェクトに取り組む中で求められるリーダーシップの養成にも、越境学習は有効だ。
塚本氏:今後は、上から降ってきてカリスマリーダーが引っ張る仕事よりも、プロジェクト型で取り組む仕事が増えていきます。その時必要になるのは、チーム全員がリーダーシップを発揮するシェアド・リーダーシップ。異なる組織が壁を越えて、お互いの強みを出し合い、社会的課題の解決を目指すアプローチが盛んになります。
越境はイノベーションとの関連も深い。塚本氏が愛するボサノヴァの音楽も、ジャズとサンバを組み合わせた「越境イノベーション」の一例だという。
塚本氏:越境学習をすれば、簡単にイノベーターが生まれるわけではありません。ですが、その環境をつくることはできます。
越境は個人にとっての学習機会という価値を越え、イノベーションの創出や、多様な組織が価値を高めつつ共存していくためのヒントとなる可能性を秘めているようだ。
オープンイノベーションを阻害する、アントレプレナーシップの欠如
続いて登壇したのは、国内最大のオープンイノベーション用企業検索プラットフォームであるeiiconを創設した中村 亜由子氏。全国各地さまざまな法人のオープンイノベーションをアシストしてきた。
中村氏:日本の新規事業への取り組みは、アメリカや中国と比べて大きく出遅れています。ビジネススピードが速まる中、新規事業に悩んでオープンイノベーションに取り組む企業が拡大しています。それでも日本のオープンイノベーションはまだ黎明期。今後更に広がっていきます。
しかし、大企業や歴史ある企業とスタートアップが組む場合、両者の違いが弊害になりやすいという。
中村氏:大企業は報連相を徹底し、業務を細かく分業し、全員の合意を重視し、安定した給与を保証し、リスクヘッジを重視します。対してスタートアップは、オーナーの君主制で、兼務は当たり前、給与は不安定で、リスクをとっていきます。スタートアップが業務で利用するSlackやGoogleDocs等のクラウドサービスを、大企業はセキュリティ上利用できない場合が多いです。
中村氏はこうした状況において「大企業側はスタートアップ側の声を想像すらしていないことも多い」と語る。
中村氏:大企業側は打合せに意思決定者が出てこず、稟議、稟議、稟議・・・と、意思決定に時間がかかります。社内説明のために、不必要なデータ収集をスタートアップ側に求めることも多い。スタートアップ側は、打合せの場に意思決定者が出てきて、その場で決めます。お金や時間の余裕がないので、とにかく市場にあててみる。すぐ目の前に市場があり、戦っているんです。大企業とスタートアップの違いは良し悪しではありませんが、オープンイノベーションにおいては、大企業側のアントレプレナーシップ(起業家精神)の欠如が課題です。
新規事業に悩む大企業とスタートアップの協同は、近年様々な業界で見られるようになった。大企業側は自社に無いものをスタートアップに求めるばかりでなく、スタートアップと対等に向き合い、本質的に必要な業務を見極め、時に従来の考えや仕組みを変化させていく姿勢が求められている。
個人のキャリア形成をどのように支えていくか
最後に登壇したのはCO☆PIT生みの親で、富士通への出向やベンチャー企業のCCO就任など、自身も様々な越境を繰り返してきた富士通ラーニングメディアの城能 雅也。サラリーマンがもっと自分らしく挑戦できる創発社会の実現を目指している。
変化のスピードが早く、将来の予測が困難な「VUCAな時代」と称される現代において、従来と変わらない人材育成の在り方に危機感を覚えている。
城能:お客様からイノベーター育成の相談も増えていますが、イノベーターの定義をつくるのに1年、育つまでに2年半かかるということも多い。不確実性が高くスピードが早まっている今、そんなにのんびりで良いのでしょうか。
VUCAな時代ではビジネス環境の変化が読みづらく、企業から従業員へ明確なキャリアの提示が難しい。従来はWill(やりたいこと)・Can(できること)・Must(やるべきこと)のうち、CanとMustが仕事の中心にあったが、AIやロボティスクをはじめとした技術革新により、Mustの仕事は縮小していく。今後はWillとCanを中心に据えた、個人を起点としたキャリア観が主流になるという。
城能:組織などの境界を飛び越えてコミュニティを持ち、普段は交わらない人同士をつなぎながら、チームとして価値を最大化できる個人が活躍するようになっていく。営業担当ではなく、組織外のコミュニティに属している人が新しいお客さんを引っ張ってくるなど、ビジネスを作るプロセスの変化が見られるようになってきています。
越境で得た人脈や経験といった「点」がつながり、キャリアは「面」になっていく。越境は苦しくも楽しい経験となりキャリアのレベルアップにつながる。一方で、越境した人が元いた組織に戻ってからは苦労が多いという。
城能:越境して戻ってきた人の居場所が社内になく、越境経験を活かせずに、結局元いた組織に合わせていってしまうことも多い。企業は個人に経験を与えるだけでなく、受け皿の用意が必要です。
WillとCanを持つ個人が価値を生む時代において、組織は個人のための成長支援にどこまで踏み出すのか。城能は「組織だけでなく社員にとっても価値ある人材育成」への転換が求められていることを示唆し、講演を締めくくった。
編集後記
質疑応答や参加者同士の対話では「大企業の社員全員が越境すべきか」、「個人のWillをいかに育むか」といった議論やイノベーション実体験の共有がされ、話が尽きない様子だった。参加者からは「現場に育成案を持っていくと、“1年遅れだ”と言われた。世の中はこんなに進んでいるのに、自分たちは・・・」「大企業は“稟議、稟議、稟議”・・・この言葉が頭から離れません」といった声が聞こえてきた。
組織に価値を産む人材が変わり、個と組織の関係が変わる時代。組織は多様な人材を受け入れ活かす組織へ、個人は組織に寄りかからず自分なりのキャリアを創っていける個人への変化が求められている。人材開発の役割にも変化と再定義が求められていることを強く感じるイベントとなった。
執筆者プロフィール

泉 朝恵
2019年1月に営業部隊からCO☆PITを手掛けた共創人材育成サービス部に異動。文化の違いに慄きながら、己の武器を模索中です。